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嘘は描かない

10年前インド・バラナシで

10年前インド・バラナシで

 普段はクライアントありきのデザインばかりだが、余暇にはイラストや絵を描く。それまで文字を書くことすら億劫がっていた僕が、10年前インド・バラナシで絵を描き始めたのは友人のKによるところが多い。
 Kとは出会ってから、すぐに意気投合した。ある時、彼はさりげなくスケッチブックを差し出して「見てみてよ」と僕に手渡した。それがあまりにも自然で、押し付けがましさや、嫌らしさが一切ない。とても素敵な人だなと思った。
 彼はアーティストというより、絵を描くことを生業にしている職人、或は旅人といった感じだった。


真っ白なページ、真っ黒なページ

 その彼に感化されて無性にペンを持って、ガリガリとスケッチブックの上を走りたくなった。といっても子供の頃の「お絵描き」以来、10年以上絵を描いていない。いざスケッチブックを開いても何も思い浮かばない。それこそ最初は自分の名前ばかり描いていた(笑)
 「自由に描けばいいよ」彼は言う。そう言われても、なかなかうまくいかない。だがついに開き直って、その部屋の風景を殴りに殴り描きした。輪郭の線は何度も何度もなぞられ、ふと気が付くと真っ白いページが真っ黒になっていた。
 「…白いとこないじゃん」心の中でつぶやく僕。
 「いいじゃないか」明るい顔でそう言ってくれたK。
 ここで彼がこう言ってくれたのは本当に助かったし、それを鵜呑みにする自分の単純さも感謝した。



嘘は描かない

嘘は描かない

 調子に乗って、思い切ってガート(ガンジス河の沐浴場)に出て暖かい冬の日差しを浴びてスケッチをしようと出かけた。
 「下手くそ~」と地元の子供たちの冷やかしがうるさい中、ふと頭に思いついた。
 「とにかく嘘は描かない。見えた物をそのまま描く。似てない、表現できていないというのは技術上の問題であり、将来的に解決できる物だが、嘘は修正できない」と。
 急にペンが走り出した。可愛い子供たちの絵を描く、でも太ったおっさんのような仕上がりにガクッとするがへこたれない。頭と手(技術)がリンクしない。クソー!
 ただ描いていてとても気持ちよかった。最初は冷やかしていた子供たちがいつの間にか「ねぇ、僕を描いてよ」「私を描いてよ」と争うように僕を囲んでいる。
 帰ってKにその絵を見せると「うん、線が生きてるね」と言ってくれた。


知るために旅を続ける

 「嘘は描かない。見たものをそのまま描く。似てないのは技術上の問題だから気にするな」
 今でもこのことばは心の中にあり続けている。技術面で言ったら相変わらず下手で、何も成就していないのだが、この言葉が自分にとって何かのキーワードに思えてならない。それを知るために旅を続けているような気がする。
 バラナシは本当に不思議な町だ。


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地上から最上階へ


突如現れた大都会

突如現れた大都会

 インドの旅も後半を迎えた頃、僕らは南インド最大の都市・バンガロールに辿り着いた。それまでに8ヶ月間近くインド国内をいろいろ旅して来た僕らにとって、そろそろマンネリして来た時期であり、濃いインド・カルチャーにもうんざりして来ていた。そこに突如、思いもよらぬ都会に出て来てしまったので再び心が浮き立ち始めた。
 目抜き通りにはカフェがあった。チャイ屋ではない。制服を着た若いインド人(シーク教徒)にコーヒーを頼んだ。チャイではない。
 安ホテルに帰るとMTVが流れていた。久々に「Duft Punk」を聴いた。他にもいろいろ。インド映画音楽じゃない。司会はジーンズを履いたインド人。サリーじゃない。
 裏通りにはバーがあった。牛肉の煮込みをつまみながらハイボールを飲んだ。カレーじゃない。
 とにかく何につけても濃いインド・カルチャーにいらいらしていた時期に所謂「インドらしくない」ものに連続して出会ったことにより、再び旅の英気が回復しつつあった。


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ザ・ビートルズに学ぶ

音楽

 僕は海外滞在中、ザ・ビートルズの歌で英語を勉強した。インドのコルカタでアコースティック・ギターを買って、練習曲はザ・ビートルズに絞った。時間だけはあるので、コード進行と歌詞を覚えたら英語発音の向上、歌詞の意味の理解とレベルを高めていった。発音に関してはカセットテープで何度も聴きこんだ後、街に出て外国人と会話しながら段々固めていった。これは海外ならではの気軽さでよかった。
 またザ・ビートルズの場合、歌詞もハッキリ聴きとれるほどクリアーに録音されているので参考になる。隅から隅まで漏らさず聴き取れる。さらに歌い方もクセがなく、語りかけるようなものが多く発音に関しても美しい。もっと言うと曲によってつぶされる歌詞がく、メロディーと詩のバランスが完璧だった。この辺から詩と曲のクオリティー、録音技術の凄さにゾクゾクしてくる。
 次に歌詞の1単語づつを英訳し、ある程度理解したら、イギリス人にインタビューしたり、日常会話でセンテンスの一部を引用して、反応をうかがったりして歌詞の内容理解を深めていった。
 ほとんどの曲の内容はシンプル過ぎて最初は軽い内容だと思っていた。しかし何度も見ていくうちにどんどん行間に隠された意味が見えてくるようになる。ここからはザ・ビートルズに畏敬の念さえ生まれてくる。
 さて、ゆくゆくはこの英語を生かして、何とかナンパできないものかと思案していた。そう、音楽は女の子にモテるために始めたのだ。




インドからの友人

インドからの友人

 実家から届いた荷物の中に昔インドで買ったよれよれの布カバンとスケッチブックが入っていた。こうして改めてインドの製品を見ると、なんてイージーな作りなんだ。気に入っていたから痛みも激しい。このよれよれのカバンには今後紙やペンなど比較的軽いものを入れて持ち歩かなければ。カバンに気を遣うなんてややこしいが、同時にものに命が宿ったようだ。老犬に話しかけるようにカバンを撫でた。気に入っているが、儚い。そんなことを考えさせられるところもインドらしいと言えば言い過ぎか。
 スケッチブックにはご丁寧に購入日が記載されている。旅をした日々はつい最近のように思えるが、もうすぐ10年が経とうとしている。ぼろぼろで、安いペンで描きまくったページをめくっていると次々と記憶がよみがえる。僕が初めて買ったスケッチブックだ。初めて絵を教えてくれた先生や当時つるんでいた友人にあげたりしていたので、ごく薄っぺらいものだ。久しぶりの再会にハグするように握りしめた。
 何度もカバンを撫で、スケッチブックのページをめくった。なんだかインドらしい粋な計らいで嬉しい。インド。ますます好きになった。



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