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伝わることと失った体力


1号線

展示会場のある日本橋。
国道1号線が通っている。

 友人の誘いで「微笑みの降る星」 長倉洋海写真展を見に行った。展示数も多く、たっぷり楽しめる。サイズも大きくて迫力がある。こういうのを見るとやはり作品を見に足を運ぶのは大切だと思う。
 写真にも感動したが、2点発見したことがある。
 一つはタイトルの付け方。長倉さんは報道カメラマンでもあったため、写真を通して情報を伝えるという大前提があった。そのためかどうかはわからないが、タイトルにありがちな「静寂」や「希望」などのような詩的なものではなく、「●●で▲▲だが、■■である少年」のようにかなり具体的なタイトルがほとんどだ。最初に写真の絵に引き込まれ、見ているうちにいろいろな不思議や興味がわいてくる。ふっと下を見るとタイトルがある。再び顔を持ち上げるとさっきとは違った風景がそこにある。まるでその場にいるような、写真の世界に自分が立っているのだ。
 具体的なタイトルでより多くのバックグラウンドを知り、独りよがりなアートではなく、より伝わり、共有し感動する。何か大切なものを教わったような気がする。


高層ビル

日本橋は重厚な歴史的建造物と
近代的な高層ビルが共存する

 もう一つは子供たちの笑顔だ。めちゃめちゃ笑っている。ただ笑っているのではない。めちゃめちゃ笑っているのだ。今あんなに笑うことができるのだろうか。今だっておかしいことやハッピーなことがあるとその度に笑ったりするが、この子たちのように笑うことができない。何かに感じ入り、そこに入るための鍵とそれほどにまで笑えるだけの体力を失ったのではないかと思う。
 子供たちの写真を見ながら、幼いころの僕の兄弟とのやり取りを思い出していた。どれも大したことではないのだが、何であんなにめちゃめちゃ笑ったのだろう。



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