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執着せず、何にもとらわれず

素直に受け入れること

素直に受け入れること

 身につけたい能力のひとつに「良いと思ったものを素直に受け入れること」というのがある。
 本質を見つめ、最適・最高を求めていくと時に自我とか自分らしさとかを超えた現実にぶつかる。そういう時、素直に大きなゴールに向かって一歩踏み出せるか。シンプルだけど凄い難しい。


固まっていく心

 あらゆる方法や価値観がある中、自分のお気に入りや、特にオリジナルのものにはつい思い入れも強い。たとえそれらよりも良いものがあったとしても、なかなかそこから脱却できずに意固地になってしまうことがある。しかも強く薦められれば薦められるほど、頑固に断ってしまったりする。
 また僕は損をしているなと思う。自分の器の小ささをもろに見てしまう。
 こんな悪癖はさっさとやめてしまった方が得だ。そこで心の中で反発しているしがらみや感情を文章にすることにしている。文章というのは最もシンプルで論理的なツールだ。


説明できない理由

説明できない理由

 ヨーロッパにいた頃、地元の人とコミュニケーションを図る時は、とにかくありとあらゆることを文章にして説明する必要があった。ほんの小さなことでも大演説となるため、いつも夜になるとぐったりしていた。文化の違いでお互いの何気ない行動が意味不明に映り、その都度お互いが納得するまでの説明と議論がいるのだ。
 同国人同士の「何となく分かるでしょ」だとか「これは常識でしょ」みたいなのが当然なく、正確な理由が答えられない場合はわざわざインターネットなどで調べてから説明したこともあった。
 だが、答えられない大抵の物事に関してはお互いにとって何の意味もなく、しがらみであることに気付いた。そこで良いものか、悪いものかに振り分けられ、悪い場合は素直に排除するしかなかった。それ以上お互いに不条理なことを説明できないからだ。そんなとき、国も性別も全く違う人間がお互いに膝をポンと叩いて笑うのだ。
 何かに負けたのではなく、何かを自分の中に吸収した瞬間でもあるのだ。


執着せず、何にもとらわれず

 執着せず、何にもとらわれず、まるで外から自分自身を見るように。本当に大事なことを我々は見つめようとしているのだが、自分の信じてきた価値観や、それまでの苦労を自分自身ねぎらいたいがため本末転倒になってしまう。積み重ねていたものが大事ではないとはいわないが、探してきたものはそれではない。
 まずはコーヒーでも飲んで、落ち着いて見つめるようにしたい。
 僕の好きな歌詞のひとつに「あたまカラッポの方が夢詰め込める(Cha-La,Head Cha-La/ドラゴンボールZ主題歌)」というのがある。ちょっと違うのかな?



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