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カート・コバーンと話す時

カート・コバーンが死んだ翌年

カート・コバーンが死んだ翌年

 カート・コバーン(※1)が死んだ翌年、僕は大学に入った。
 当時、追悼特集の番組で見た彼のフリースタイルなライブに衝撃を受けた。思うがままに言葉に出来ない何かをライブで表現すること。僕がそれまで聴いていた音楽とは違って映った。彼の音楽に軽くて、自由な清々しさを想い描いた。


実際にやってみるとなんか違う

 その憧れを抱いたまま大学の音楽系サークルに参加し、早速バンドを組むがすぐに分かった。当然だが、自分はカート・コバーンではないと。
 叫ぶことも、枯れた声を出すことも、魂が喉から出るような歌も自分には出来ないことが分かった。それでも今の自分には音楽を止めることは出来ない。何とか思い描いていたものに近づくために、アプローチを変えてみた。


(※1)カート・コバーン(Kurt Cobain/1967-1994)。1990年代を代表するワシントン州シアトルの伝説的グランジ/オルタナティブ・ロックバンド、ニルヴァーナ (Nirvana) でボーカルとリードギターを担当


制限から生まれた可能性

制限から生まれた可能性

 まずディストーション(※2)を捨てた。当時ロックな音楽をやっている者なら誰もがメインのエフェクターとして必ず使用していたものだ。
 それを取っ払ったらアンプとギターとそれらをつなぐシールドだけになり、ずいぶんさっぱりした。しかしあれこれ音色を作る必要がなくなり、クリーントーン(※3)1種類のみ集中して作ることができ、結果効率も上がった。
 次の課題はクリーントーンのみでどうやってロックをやるか。ジャカジャカやるか、アルペジオ奏法しかなかった。これも限られた技術だけとなったので、集中できた。
 まだある。次の課題は歌だ。どうやって歌を表現するか。
 決断したのは「裏声」だった。
 すると作曲の際、音域の制限がなくなるという好都合なことが起きた。それからは随所に裏声を混ぜて、広いレンジの曲作りが出来た。


カート・コバーンと話す時

 僕がカート・コバーンと見つめ合う時、ロックとか音楽とかは思い浮かばない。
 それよりも「自分で方法を見つけて、それを行うこと」「制限を制限とするか、可能性とするかは自分次第」ということを彼が語っているように感じる。

(※2)ディストーション。エレキギターで使われる歪みを発生させるエフェクター(ギターとアンプの間に繋げて音色を加工する装置)の一種類、またはそのような歪みを指す。


(※3)クリーントーン。ひずんだ音質「ディストーション」に対して言われる音質を指す。



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