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ガウディーの階段

サグラダファミリア

サグラダファミリア

 それまで建築に関してはあまり興味が無く、ましてや建築物に美や創造性を重ねたことは無かった。機能という内蔵を包む皮膚が外壁となって現れただけで、そもそも実用的なものにはクリエイティブは介入出来ないものだと決めつけていたからだ。
 サグラダファミリア(スペイン・バルセロナ)に入った時(2002年)は、そういった認識以前に何かのテーマパークにでもいるような認識で、建築の機能云々というより装飾物を詰め込んだ無駄な「大きななにか」とすら思っていた。


階段を見下ろす

 まだ初夏だというのに、教会内は観光客で賑わっていた。やかましい群衆(自分もその中の一人だが)とごてごてした装飾にうんざりして、なるべく涼しくて、薄暗く、人気の無いところを探していると、地階へと続く螺旋階段の踊り場まで出た。
 何気なく螺旋階段を眺めていると手すりが無いことに気付く。随分危なっかしい作りだ。安全に暮らすという機能すら果たしていないのかと怒りすら感じた。
 もしここから転んで落ちたらどうなるだろうと思い、その螺旋階段を遥か下まで見下ろした時、マジックは起った。


貝殻

 その螺旋階段は上から見るとぐるぐると渦を巻いたような貝殻のように見えた。ステップのひとつひとつは当然だが地上に向かってだんだんと小さくなって、やがて小さな点となって終わる。このステップのお陰で、かろうじて今自分が見ているのは「階段」という「建築物の一部」であるという認識があるのだが、同時に何かの「絵画」でも見ているのではないかと錯覚にも陥り、初夏の暑さもあってか本当にクラっときた。


今巨大なアートの中にいる

 遥か地上の方で西洋人の腕と見上げる顔が貝殻のラインからニュッと出てきた。はっとして我に返った。
 恐る恐る見渡すと壁、床、天井、窓の桟…そのすべてが美しく、自分はガウディーが創造した幻想世界の中の登場人物ではないかと思った。
 芸術的な絵が1枚2枚飾ってあるというようなチマチマしたものじゃない。そうか、ドカーン!とこの空間すべてがアートだったのだ。


すべてはクリエイティブである

 ガウディーの壮絶なる芸術作品の凄さと、今まで自分が何も分かっていなかった恥ずかしさで息切れしながらやっと出口に辿り着いた。
 我々が行っているすべてはクリエイティブなことであり、無味乾燥なものなどないのだ。あるとすればそれは心がそう見せているのだ。
 建築もまたアートであり、クリエイティブである。僕はすっかりガウディーファンになった。



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